実家から自分の子供の頃のアルバムがでてきた。

実家に娘をつれて帰った時、娘が何かをみつけてクスクスと笑っているので、何かと思ったら、私の小学生の頃のアルバムを見ていました。

「パパ若いー」だの「服ダサいー」だの。笑

たしかに若い(汗)ずっと押入れの奥に眠ったままになっていたのを親が見つけたらしく、もうずっとその時の写真なんて見たことがありませんでした。

懐かしくなり、私も一緒になって見ていました。

私が子供の頃はもちろん今のようにスマホなんてなく、気軽に写真を撮るなんてことができない時代でした。写真自体も今のように多くもなく、アルバム数冊残っているくらいです。でも、親はしっかりと写真を撮ってくれていたのでした。

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小学生の頃の写真が多く、中学生の頃の写真はもうほとんどありませんでした。

写真を見ていると忘れていた小学生の頃を思い出します。当時の友達も一緒に写っていたりして、今はどこでどうしているのだろうかとか、この頃はこんなところに連れてってもらっていたんだなとか。

また時代も感じます。着ている服であったり、遊んでいるおもちゃであったり。ファミコンを友達と遊ぶ姿なんてのも残ってました。

写真を見ていると不思議と忘れていた記憶がよみがえってきます。この頃はこの服がそういえばお気に入りでいつも着ていたなとか。

懐かしくもあり、あの頃に戻りたい気持ちも出てきたりしてちょっとさみしくもなりました。ほんといい時代だった。今のようになんでも便利な時代ではなかったかもしれないけど、それが良かった時代です。

次々に思い出はよみがえりました。忘れていてもちゃんと記憶の奥底には刻まれているのですね。思い出せないだけで、きっかけさえあればちゃんと思い出します。なんかそれがもったいない気持ちにもなりました。忘れてしまっている子供の頃の記憶、できればたくさん思い出したいと。

今は私も親になり、写真をちょうどとってくれていた自分の親と同じ歳になっています。こういう気持ちで育てられていたんだなとか、この頃の自分の親も今の自分のようにいろいろと大変だったのだろうかと思ったりもしました。

親と一緒に写っている写真もあり、父も母も今と違いものすごく若い。・・親も歳をとったなと、たくさん迷惑と心配をかけたんだろうなと。そんなことも思いました。まあ、私自身も変わりすぎくらい歳をとってますが(笑)

こうやって見ていると写真ってものすごくいいものです。昔に帰ることができます。

今はうれしいことに気軽に写真も動画もスマホでとれて残すことができます。しかもデータとして残すことができるのでいつでも印刷することもできます。古びた写真の情緒というものもある意味いいのですが、それは失われた趣というやつです。

娘のためにも写真は私も撮りためてますが、いつか今の私と同じように、娘にも子供が生まれ、ママとなった娘とその子供が私が撮りためた写真を見ながら笑ってくれる日がくるんだろうなと、そんなことも思いました。

時代の移り変わりとともに人は歳をとり、世代は受け継がれ、世の中は変わり、今は昔となり、またそれが繰り返されます。今の一瞬を残せる写真と動画はその時に昔に帰ることができる唯一の手段なのです。